年賀状。あなたは出す人?出さない人?そもそも年賀状ってどうして出すの?

季節のこと
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あし木枯らし一号が吹いた後、テレビやネットなどで見かけるのが「年賀状の発売が開始されました」というおなじみのニュース。
特に注目するニュースというわけではありませんが、手帳のTODOサインのように、「あ、始まったのか」と目安にしている人もいるかもしれませんね。

年賀状を出す習慣のない人には完全スルーなこのニュース。でも。。。

自分では出さないけど、歳時記的には目に留まる人は多いのではないでしょうか。

それくらい、私たちの生活にすっかりおなじみの年賀状。

いったいいつからこんなに生活に溶け込んでいるのか気になって、ちょっと起源を調べてみました。

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年賀状の起源は大化の改新!?

年賀状の起源って言っても、郵便制度ができたのは明治時代だからそんなに新しい風習じゃないのでは?

なんて軽い気持ちで調べてみたのですが、結果は結構驚きのものでした。

まず、ぱっと浮かぶ近代郵便の制度ができたのが1871年。Wikipediaによると「ハガキ」が発売されたのはその2年後だそうで、いわゆる現在の形の「年賀はがき」が一般化したのは1887年(明治20年)ごろなんだそうです。

しかし、実はそれ以前から「年賀状」とされるものは送られ続けていました。

私は偏った日本史マニア(w)なので、全体像としてはちゃんと把握できていないものの、ところどころピンポイントに詳しかったりします。

年賀状と並ぶお正月の風習として年始回りがあるかと思います。

いわゆるお年賀のあいさつというやつですね。

今でも会社などでは年始の始業の日はこれに費やすところも多いかと思います。

この風習とともに、遠方で年始にあいさつに行かれない相手に書状をもってあいさつに代えるという習慣が既にあり、江戸時代には庶民の間でも飛脚を使った年賀のあいさつの書状が配達されていたといわれています。

年始の挨拶といえば歴史的に思い浮かぶのは江戸城に諸大名が登城して将軍に新年のあいさつをするシーン。

この拝謁を皮切りに、江戸時代の大名や武士たちは、元日と2日はひたすら目上の人に年始回りに駆け回っていたそうです。

江戸中の武士がそうして目上の館を目指して駆け回っているので、当然相手は留守。というのが大多数で、この際、白い扇子をあいさつの品として持参するのが一般的でした。

(そうすると位が高い人ほど自宅に白扇がどんどんたまるので、これを買い取りに来る専門の商いがあったほどで。。。と続けると脱線から帰れなくなってしまうのでそれはまた別の機会に。。笑)

江戸だけでなく、京の帝のところへも公家の参内があり、拝謁を行っていました。いわゆる「朝賀」です。その後は元旦節会などの行事に参加していました。

これらのあいさつ回りに、地理的に遠くて行かれないケースで、あいさつの言葉をしたためた書状が送られていたといわれています。

となれば、これが年賀状の嚆矢といえる風習になるでしょう。

江戸時代などには返礼の書状も送られていたことが、当時の俳句や川柳などにも見え隠れしています。

さらにさかのぼると、平安時代にも年始のあいさつ文などが掲載された例文集などが編まれており、かなり古い時代から、書状で年始のあいさつを述べる習慣が(もちろんここまでさかのぼると貴族階級などに限られてくるのでしょうが)あったことがうかがえます。

「地理的にあいさつに行かれない人に書状をもって替える」という作法は、正月に年始の挨拶をする風習ができてほどなく生まれたと推察できますね。

そうなると、年始の挨拶として記録で追えそうな最古のものはやはり宮中への朝賀という事になりそうです。

朝賀が始まったのは大化の改新の後。

この時整えられた律令制度と古代道路を中継した駅の制度が、新年のあいさつをするという風習と、それを地方まで伝達する役割を担ったと考えることができそうです。

となると、年賀状の始まりは大化の改新までさかのぼることができそうなんですね。

そんなに昔から行われている風習なら、たとえ現代で「面倒だから出さない」スタイルを貫いている人であっても、年賀状と聞いても違和感は持たないですよね。

納得です。

年賀状。あなたは出す人?出さない人?

年賀状は「遠方で年始の挨拶ができない人に書状をもって替える」ことが主目的であるとわかりました。

となると、顔の見える近くにいる人に年賀状を出す必要は、そもそもないな、ともいえると思います。ちょっと乱暴な理論展開ですが(笑)。

では、知り合い全員リスト化してこぞって年賀状を出す風習にとってかわったのはなぜなのか、というと、これにはいくつか理由があるかなと思います。

まず一つは、日本人の縁起物好きな体質(?)が、1月1日という縁起のいい消印を求めたこと。

もちろんこの扇動役として、年賀はがきといえばな「お年玉くじ付き年賀はがき」の登場や、切手部分の干支の絵の工夫など、官側(今は民営ですが)の売り込みも功を奏しています。

もう一つは、これは私の勝手な推測なのですが、「対応の統一化」という側面があるのではないかなと思うのです。

近くの人には挨拶を。遠くの人には書面を。

という2極的な対応から、画一化された「みんなに書面であいさつ」へ。

なぜそう思うようになったかというと、今年賀状を出さない自分を振り返ってみてのこと。

高校生くらいまでは(私が高校生の時はケータイなんてありませんでしたし、ネットも当然ありませんでした。ついでに言うなら家庭にPCもなくて、やっと職場や学校に普及し始めたくらいの頃です)、手書きの年賀状を、自慢のイラストで(当時美術部だったので)飾り立てて一所懸命書いていました。

社会に出て忙しくなってくると、きれいな図柄が印刷されたはがきを買うようになり、そこに一言メッセージなどを追記していくようになります。

やがてPCやプリンタの普及に合わせてオリジナルに戻りますが、宛名印刷を含めて、手書きの部分は消えていきました。

つまり、年賀状にかけるパワーが徐々に減っていったんですね。

それって、相手に合わせた言葉をつづる手間を減らして、応対を画一化していたのではないかなと思ったわけです。

やがて、私は年賀状を出さなくなりました。

最近ではメールやSNSでの「アケオメ!」なやり取りのほうが主流になりつつありますし、そこに素敵な写真やイラストを添えてメッセージカード的な伝え方をしている人も良く見かけますよね。

このやり取りって、年賀状と年始の挨拶をミックスした新しい年頭のご挨拶スタイルなのではないかなぁと思います。

特にSNS上では、自分の年頭のメッセージを皆さんに向けて投稿し、周りの人はそのメッセージをどんどんチェックして、自分の挨拶をコメントとして書き込んでいるのではないでしょうか。

この行動は、個別対応の回帰にも見えるような気がします。まるっきり、ITを駆使したお年始回りですよね。

こんな時だからこそ、来年のお正月には、いきなり年賀状を出してみようかな。なんて思い始めています。

すっかりメール、ネットベースの付き合いになった友人に郵便を出す。という行動が、ちょっと個性的だなと思ったからです。

改めて、年賀状を出してみるのも面白そうだ。と、あなたもちょっと思いませんか?

年賀状本来の意味を考えると、まずは住まいが遠くてなかなかリアルでは会う機会が取れない友人や親からですかね。